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おばあちゃんと行った熱海

我が家では小さい頃毎年海水浴に行っていました。毎年、父親の仕事が休みを取れるときに観光ホテルを予約していました。中学生になったころそろそろ家族で海に行くことも毎年の行事ではなくなってきたころのことです。うちのおばあちゃんがまだ歩けるうちに旅行に連れて行ってあげたいということで、一番近場でいける熱海に予約を取りました。そして、杖を使ってはいましたが、電車で家族みんなで行くことにしました。現地に行き温泉なども入りましたが、おばあちゃんを連れて夕方に街を歩いておみやげを探しに行った記憶があります。足が悪かったので、かなりペースはゆっくりで歩いていましたが、熱海の街並みもいいなと思ったのを覚えています。年寄りは夜寝付きがよくないとは聞いていましたが、同じ部屋でみんな寝ていたので、一人で起きてしゃべっていたので、独り言が大きくて家族みんなが寝れなかったというのもなぜか鮮明に記憶しています。

小さい頃のおもいでの熱海

我が家では小さい頃夏休みになると毎年2泊3日で海に行っていました。うちでは車がなかったので、いつも電車で3~4時間かけてその場所まで行っていました。毎年観光ホテルを予約を取って行くのですが、一番多かった場所は熱海でした。私には3歳年下の妹がいたのですが、その妹と海水浴をして楽しんでいる姿が写真にたくさん収められています。毎年行く中で伊豆や千葉など遠いところもありましたが、熱海はとても遊びに行くのに便利なところにあったので、いつも海辺はたくさん人がいて、海水浴をするのにはかなり混雑していました。ホテルに泊まるのにも楽しみがあり、大浴場の近くにあるゲームなどが妹とふたりで楽しむには最高のところだったと記憶しています。そのほかにも、食事のときに宴会場でやるダンスショーなどもすごく楽しかったおもいでがあります。

熱海はブームが過ぎて昔日の姿に戻った東京の奥座敷

かつて熱海は相模湾から大海原を望めるので、東京の奥座敷として多くの著名人が出かける人気の保養地だったわけですが、温泉以外に楽しめるものが少ないため、今では伊豆半島等、周囲の観光地から取り残された感がしています。高度経済成長時代には大企業の事業所単位で従業員の慰安旅行が習慣となっていて、連日のように数百人規模の従業員がバスを連ねて温泉施設の多かった熱海を訪れました。1泊旅行で東京周辺の事業所を出発し、夕刻に旅館へ到着すると、無礼講で飲んで、騒いで温泉に浸かって翌朝、旅館を出発する日程が多かったので、旅館経営者としては大きな売上が得られて楽だったはずです。こうして連日、大広間が宴会続きで旅館街では大賑わいの時期が続きましたが、次第に生活の楽しみ方が企業単位から家庭単位へ移りだしてくると大人も子供も楽しめるレジャーランドが好まれるようになり、新幹線で1時間もかからないのに熱海の温泉街はすっかり静まり返るようになり、昔日の姿に戻ったかのようです。現在、官民挙げて外国人旅行客へのおもてなしで観光振興を図りつつあるので、この動きをどう捉えるかでしょう。